杉浦静『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』

タイトル宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチミヤザワケンジ セイセイ・テンカスルシンショウスケッチ
著者杉浦スギウラシズカ
判型/頁四六上製 カバー装 / 520頁
定価4,300円+税
ISBN978-4-910714-03-5
CコードC3092
発売日2023年10月25日

ご購入はこちらから

本書の特長

賢治の原稿を全て調査した最新研究
 全集(『新校本宮沢賢治全集』筑摩書房)の編集委員を務めた宮沢賢治研究の第一人者が、全集の編纂過程で賢治の草稿・原稿を全て調査・閲覧。その知見・成果をまとめた最新の研究書。

何度も書き直された作品の変遷をたどる
 よく知られるように、宮沢賢治は一つの作品を何度も書き直している。そのため、数多くの下書稿が残っており、一つの作品に多数のバリエーションがある。本書ではそれらを丹念に調査・検討して、宮沢賢治作品がどのように変転したのかをあきらかにした。

完成されなかった作品から読み解く心の動き
 『春と修羅』は一旦活字に定着してからも、賢治が生前に手入れ(書き込み)をしている。また『春と修羅』以降に書かれた「心象スケッチ」は出版という形で「完成」していない。こうして膨らんでいった「心象スケッチ」に対して、本書では残された草稿を手がかりに、賢治の「心象スケッチ」に込めた心の動きを論じた。

版元から一言

『読売新聞』1月20日夕刊文化欄の記事“賢治「春と修羅」心で見た自然”に写真入りで大きく紹介されました。

著者プロフィール

杉浦スギウラ シズカ(著/文)

1952年生まれ。大妻女子大学名誉教授。宮沢賢治学会理事・代表理事を歴任。
著書に、『宮沢賢治 明滅する春と修羅』(1993、蒼丘書林。岩手日報文学賞宮沢賢治賞受賞)宮沢賢治関係の編纂・共編著・監修として、『新校本宮澤賢治全集』(全16巻別巻1、1995~2009、筑摩書房)、『宮沢賢治コレクション』(全10巻、2016~2018、筑摩書房)、『図説 宮沢賢治』(2011、筑摩書房)、『新編宮沢賢治歌集』(2006、蒼丘書林)、『別冊太陽日本のこころ218 宮沢賢治』(2014、平凡社)など。

〈春と修羅〉考
    第一集
「真空溶媒」─〈物質の不滅〉と死と再生
「永訣の朝」の生成─おまえとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
    第二集
「一六 五輪峠」「一九晴天恣意」へ─「春と修羅 第二集」における宗教表象一斑
「九九〔鉄道線路と国道が〕」考―〈童話の扉に〉
「三一三産 業組合青年会」と 「三一四〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕」―〈億の天才の併存〉から農民の〈協働〉へ
「五〇八 発電所」から「〔雪と飛白岩の峯の脚〕」へ
「三六八 種山ヶ原」から〈高清〉連作へ─軍馬補充部六原支部廃止の余波
「三六八 種山ヶ原」パート四の行方
「春と修羅 第二集」〈音楽用五線ノート〉の位置

《宮沢賢治》をめぐるいくつかの考察
    《ダルゲ》考
散文「ダルゲ」から口語詩「ダルゲ」へ
文語詩「〔われはダルケを名乗れるものと〕」の生成
    東京/岩手
「「東京」ノート」の「公衆食堂(須田町)」
あらたなるよきみちを―羅須地人協会からの再起

《宮澤賢治》を編む
「歌稿〔A〕」・「歌稿〔B〕」の成立とその行方
「疾中」前史―没後の受容過程について
〈詩稿集〉と〈山〉―宮沢賢治晩年の詩稿整理・再説
「冬のスケッチ」とは何か

テクスト・クローズアップ
  心象スケッチに〈童話〉を読む
「青森挽歌」(一九二三、八、一)中のギルをめぐる会話の部分を読む
「花鳥図譜・七月・」を読む
「一〇五三〔おい けとばすな〕」(一九二七、五、三、)を読む

〔水と濃きなだれの風や〕文語詩篇鑑賞①
〔打身の床をいできたり〕文語詩篇鑑賞②

あとがき
索引

 

近代博多興行史 目次
はじめに
研究篇
第一部 総論 地方興行史概説
 第一章 劇場と興行
  第一節 武田家と興行
   武田政子氏との出会い 武田一族 与吉の芝居道楽
  第二節 劇場通史
   劇場一覧 博多劇場史の展望
  第三節 興行を支える諸制度
   請元 請元としての武田与吉 劇場経営者と劇場
 第二章 巡業の実態
  第一節 初日から千秋楽
   町廻り(顔見世) 式三番引き抜きだんまり 替り狂言から千秋楽 番付
  第二節 衣裳・小道具・大道具 衣裳・小道具 大道具 劇場ごとの規格
  第三節 交通機関の発達と巡業
   鉄道敷設前 明治二一年の事例 巡業ルート

第二部 博多興行通史
 第一章 伝説の劇場
  第一節 宝玉舎をめぐって 宝玉舎 柳町大芝居と永楽社 集玉社
  第二節 西門橋教楽社と市川右団次 西門橋教楽社の存在 市川右団次 明治一〇年、一一年の右団次
  第三節 鳥熊芝居および集観舎
   鳥熊伝説 集観舎のお琴新兵衛
 第二章 「社」の時代
  第一節 教楽社開場
   小田部博美と井上精三の回想から 中村駒之助
  第二節 劇場に電灯ともる
   大阪中座 尾上多賀之丞 対抗する永楽社
  第三節 中村鴈治郎
 第三章 日清戦争前後
  第一節 我童・福助招聘合戦
   明治二五年の状況 我童の招聘ならず 時助・右左次一座から左升一座
  第二節 新演劇の興隆
   日清戦争劇ブーム 博多の新演劇 際物としての新演劇
  第三節 教楽社・永楽社の危機
   内紛 教楽社売買問題 東京俳優の招聘計画
 第四章 混乱・低迷
  第一節 北九州・筑豊の活況
   若松旭座開場 小倉旭座・小倉常盤座・直方日若座 博多の地盤沈下 運動場
  第二節 博多の大劇場計画
   「博多演劇会社」あるいは「福博演劇会社」 教楽・栄楽両劇場の対応
  第三節 コレラ
   コレラ発生 興行解禁と教楽社・栄楽座の迷走
 第五章 諸芸の開花
  第一節 映画伝来
   自動写真・活動写真 「シネマトグラフ」と「ヴァイタスコープ」 再び教楽社 活動写真の進歩 日露戦争と活動写真 日露戦争以後
  第二節 女義太夫
   博多の寄席 女義太夫
  第三節 浪花節
   宮崎滔天と桃中軒雲右衛門 「浮かれ節」から「浪花節」へ 日露戦争と桃中軒雲右衛門
  第四節 子供芝居
 第六章 「座」の時代到来
  第一節 明治座と寿座
   開場 武田与吉の「座」の時代 教楽社退転
  第二節 新しい芝居
   片岡我当の「桐一葉」 実川延二郎 尾上菊五郎・市村羽左衛門・尾上梅幸
  第三節 鴈治郎と巌笑、猿之助と八百蔵 嵐巌笑 中村鴈治郎二度目の来演 市川八百蔵と市川猿之助ほか
 第七章 「劇場」の時代
  第一節 博多座
   九州大学誘致と遊廓の移転 博多電気軌道 博多座の構想 左団次・喜多村緑郎
  第二節 九州劇場
   栄座 九州劇場開場
  第二節 松竹の全国制覇と大博劇場への道

第三部 川上音二郎
 第一章 名古屋の川上音二郎
第一節 川上音二郎の出発点
なぜ名古屋か 明治一五年名古屋説をめぐって
『名古屋新聞』 『愛知新聞』の新出記事
  第二節 川上音二郎と立憲政党
   川上の所属 甲田良造をめぐって 立憲政党という組織
  第三節 丁年問題その他
   渡部虎太郎 生活者としての演説遣い
 第二章 博多の川上音二郎
  第一節 寄席芸人時代
   前史 明治二一年教楽社・明治二二年開明舎
  第二節 新演劇
   明治二六年 教楽社
  第三節 正劇
   明治三七年 教楽社
  第四節 円熟
   明治四〇年 教楽社 明治四三年 博多座 明治四四年 明治座
 第三章 終章にかえて
  第一節 「みもの、ききもの」をめぐって
  第二節 地方興行史研究の展望
   新演劇の展開 ジャンルの境界線
   
引用文献一覧

 資料篇
博多興行番付目録
博多興行年表 明治篇

初出一覧
あとがき

索引

上記内容は本書刊行時のものです。

ご購入はこちらから