小林修『徳田秋聲探究』

タイトル徳田秋聲探究トクダシュウセイタンキュウ
著者小林修コバヤシオサム(著/文)
判型/頁B6判 392ページ 上製
定価3,600円+税
ISBN978-4-910714-09-7
CコードC3095
発売日2025年2月25日

ご購入はこちらから

概要

菊池寛賞を授賞した八木書店版『徳田秋聲全集』の編集委員を務めた著者による新しい知見に満ちた秋聲論集。

本書の魅力のひとつは、作品の中にさまざまな疑問を見つけて作品構造や執筆モチーフを解明したことにある。たとえば
・墓石に記された未詳の義母と最後の愛人:小林政子とが繫がる細い因縁とは?
・名作『縮図』の冒頭が何故銀座資生堂パーラーから始まるのか?
・著者の入手した稀覯的『縮図』新聞切抜き本の作製者は誰か?
・閑却されて来た秋聲の通俗小説論を本格的に論述。秋聲の目指した通俗小説の改革とは?
・秋聲と栃木県今市というトポスの所縁は? 作品への反映は?

また、秋聲と日露戦争作品、閑却されて来た掌編「おち栗」から戦争小説の意義を初めて詳述。秋聲代作説に関しては、代作と自ら認めた一中編作品の原稿を徹底調査、すべて秋聲自筆で推敲の跡も残る原稿を検討、代作問題の複雑さと近代文学における作家のオリジナリティの関係を論ずる。その他、円本刊行以前に予約出版・大量広告を行なった国民文庫刊行会・玄黄社社長鶴田久作と秋聲の関係を明らかにするなど、今まで誰も触れなかった数々の文献を元に新たな秋聲像を探究。

近代文学研究者はもとより、新しい秋聲推しの読者にお薦めの一冊。

版元から一言

個人的なことで、大変恐縮ながら、著者は大学の先輩として、仕事の関係を越えて、長らく親しくさせて頂いている研究者です。
いっぽう出版人としての私には、この本が、他の出版社から刊行されたら、私の編集者人生は何だったのだのか? と思ってしまうような本が何冊かありますが、本書は間違いなく、その筆頭に挙げられる一冊です。これは、著者との個人的な友誼を抜きにしても断言できます。

著書プロフィール

小林修コバヤシオサム(著/文)

1946年生まれ。立教大学文学部卒。同大学院中退。
立教女学院教諭、実践女子短期大学教授を経て実践女子大学短期大学部名誉教授。
『徳田秋聲全集』(八木書店:第54回菊池寛賞受賞)編集委員
(主な著書) 『南摩羽峰と幕末維新期の文人論考』(八木書店、2017年)
立教女学院短期大学図書館編『福田清人・人と文学』(共著)(鼎書房、2011年)
(論文)「『日露戦争実記』と従軍記者田山花袋そして『肉弾』」(『社会文学』第32号、2010年6月)、「下田歌子の宮中出仕と〈歌子〉名下賜前後の考察」(『明治聖徳記念学会紀要』復刊50号、2013年11月)、「南摩羽峰の幕末維新と孝明天皇宸翰
問題」(『和漢比較文学』第66号、2021年2月)、「文芸家住所録・住所付き名鑑集成の試み」(『近代日本における人文知移動の動態的研究』平成30年度グローバル社会文化研究センター研究プロジェクトB 研究成果報告、2022年3月日本大学経済学部)等。

徳田秋聲探究 目 次

Ⅰ 金沢という地霊
  秋聲伝の古層㈠ 父徳田雲平の第二妻女と白山神社神主建部貢
  秋聲伝の古層㈡ 父徳田千之助(雲平)筆「先祖由緒一類附帳」より
          秋聲の叔父たちのこと/秋聲母方津田家のこと

Ⅱ 『縮図』の諸相
  『縮図』論序説―銀座から白山へ―
  『縮図』の行方―軍靴と三絃―
  『縮図』の周辺㈠―ある〝新聞切抜き本〟
  『縮図』の周辺㈡―ある〝新聞切抜き本〟について再び

Ⅲ 日露戦争・関東大震災・学芸自由同盟
  秋聲と日露戦争―「春の月」から「おち栗」へ―
  秋聲と関東大震災―「フアイヤ・ガン」試論―爆弾と消火器―
  秋聲と学芸自由同盟のことなど―久米正雄宛郵便物から―

Ⅳ 通俗小説への意欲
  『心と心』―『あらくれ』の陰画―
          ーもう一人の養女の物語ー
  『誘惑』の試み―通俗小説に聊か新紀元を―
    【資料紹介】「「二つの道」の劇化」原稿
  『闇の花』という問題作―芸術を民衆の前に―

Ⅴ 全集・原稿・代作・出版
  『徳田秋聲全集』完結
  草稿・原稿研究―秋聲と〈代作問題〉
  国民文庫刊行会・玄黄社の鶴田久作と秋聲
  フィロソフィーとボディ―漱石の『あらくれ』評をめぐって
  徳田一穂の〝日和下駄〟―秋聲の影と同行二人の東京歩き―
    【資料紹介】秋聲「日本文学報国会・小説部会長就任挨拶」原稿

 あとがき

 

近代博多興行史 目次
はじめに
研究篇
第一部 総論 地方興行史概説
 第一章 劇場と興行
  第一節 武田家と興行
   武田政子氏との出会い 武田一族 与吉の芝居道楽
  第二節 劇場通史
   劇場一覧 博多劇場史の展望
  第三節 興行を支える諸制度
   請元 請元としての武田与吉 劇場経営者と劇場
 第二章 巡業の実態
  第一節 初日から千秋楽
   町廻り(顔見世) 式三番引き抜きだんまり 替り狂言から千秋楽 番付
  第二節 衣裳・小道具・大道具 衣裳・小道具 大道具 劇場ごとの規格
  第三節 交通機関の発達と巡業
   鉄道敷設前 明治二一年の事例 巡業ルート

第二部 博多興行通史
 第一章 伝説の劇場
  第一節 宝玉舎をめぐって 宝玉舎 柳町大芝居と永楽社 集玉社
  第二節 西門橋教楽社と市川右団次 西門橋教楽社の存在 市川右団次 明治一〇年、一一年の右団次
  第三節 鳥熊芝居および集観舎
   鳥熊伝説 集観舎のお琴新兵衛
 第二章 「社」の時代
  第一節 教楽社開場
   小田部博美と井上精三の回想から 中村駒之助
  第二節 劇場に電灯ともる
   大阪中座 尾上多賀之丞 対抗する永楽社
  第三節 中村鴈治郎
 第三章 日清戦争前後
  第一節 我童・福助招聘合戦
   明治二五年の状況 我童の招聘ならず 時助・右左次一座から左升一座
  第二節 新演劇の興隆
   日清戦争劇ブーム 博多の新演劇 際物としての新演劇
  第三節 教楽社・永楽社の危機
   内紛 教楽社売買問題 東京俳優の招聘計画
 第四章 混乱・低迷
  第一節 北九州・筑豊の活況
   若松旭座開場 小倉旭座・小倉常盤座・直方日若座 博多の地盤沈下 運動場
  第二節 博多の大劇場計画
   「博多演劇会社」あるいは「福博演劇会社」 教楽・栄楽両劇場の対応
  第三節 コレラ
   コレラ発生 興行解禁と教楽社・栄楽座の迷走
 第五章 諸芸の開花
  第一節 映画伝来
   自動写真・活動写真 「シネマトグラフ」と「ヴァイタスコープ」 再び教楽社 活動写真の進歩 日露戦争と活動写真 日露戦争以後
  第二節 女義太夫
   博多の寄席 女義太夫
  第三節 浪花節
   宮崎滔天と桃中軒雲右衛門 「浮かれ節」から「浪花節」へ 日露戦争と桃中軒雲右衛門
  第四節 子供芝居
 第六章 「座」の時代到来
  第一節 明治座と寿座
   開場 武田与吉の「座」の時代 教楽社退転
  第二節 新しい芝居
   片岡我当の「桐一葉」 実川延二郎 尾上菊五郎・市村羽左衛門・尾上梅幸
  第三節 鴈治郎と巌笑、猿之助と八百蔵 嵐巌笑 中村鴈治郎二度目の来演 市川八百蔵と市川猿之助ほか
 第七章 「劇場」の時代
  第一節 博多座
   九州大学誘致と遊廓の移転 博多電気軌道 博多座の構想 左団次・喜多村緑郎
  第二節 九州劇場
   栄座 九州劇場開場
  第二節 松竹の全国制覇と大博劇場への道

第三部 川上音二郎
 第一章 名古屋の川上音二郎
第一節 川上音二郎の出発点
なぜ名古屋か 明治一五年名古屋説をめぐって
『名古屋新聞』 『愛知新聞』の新出記事
  第二節 川上音二郎と立憲政党
   川上の所属 甲田良造をめぐって 立憲政党という組織
  第三節 丁年問題その他
   渡部虎太郎 生活者としての演説遣い
 第二章 博多の川上音二郎
  第一節 寄席芸人時代
   前史 明治二一年教楽社・明治二二年開明舎
  第二節 新演劇
   明治二六年 教楽社
  第三節 正劇
   明治三七年 教楽社
  第四節 円熟
   明治四〇年 教楽社 明治四三年 博多座 明治四四年 明治座
 第三章 終章にかえて
  第一節 「みもの、ききもの」をめぐって
  第二節 地方興行史研究の展望
   新演劇の展開 ジャンルの境界線
   
引用文献一覧

 資料篇
博多興行番付目録
博多興行年表 明治篇

初出一覧
あとがき

索引

上記内容は本書刊行時のものです。

ご購入はこちらから